中之島1970年を歩く
概要
大阪市が「いちょうカレッジ」というものを開催していることを、区役所に置いてあるパンフレットで知りました。
今回は第4回「中之島1970年を歩く」。
大阪市役所
現在の市庁舎は4代目。
大阪城内に「豊國(ほうこく)神社」という神社がありますが、以前は、大阪市庁舎と大阪府立図書館の間にありました。その後、1961年に大坂城に移され今に至っています。
大阪府立図書館
予備校時代にはお世話になりました。当時は、夜になるとたこ焼き屋さんのトラックが図書館前に来ていて、毎晩、そのお店のお兄ちゃんとお姉ちゃんとたわいもない話をすることで元気をもらっていました。あのたこ焼き屋さんは今どこに?
中央公会堂
中に、「ソーシャルイートAWAKE」というレストランがあります。オムライスとワインがおすすめのお店。
日本銀行
大阪市役所と御堂筋を挟んだ場所に。東京駅の設計も行った辰野金吾の設計。イオニア式の柱を持つバロック調の建物。
駅逓司大阪郵便役所跡
以前は、今では滅多に見ることがなくなりましたが、1円切手の肖像画「前島密」が郵便制度を作ったときに大阪の郵便局がここに建てられました。「駅逓司大阪郵便役所跡」の碑が残されています。
クスノキといちょう
たまたま開いている門の中を覗くと右に見えるのがいちょう、左に葉っぱしか映っていないのがクスノキ。クスノキは樹齢百年、いちょうは樹齢200~300年と言われ、江戸時代以前からの年代物。いちょうは、島原藩の武家屋敷に植えられていたものとのこと。
西横堀川跡
阪神高速の左が環状線、右が池田線。なぜここに阪神高速が通っているのか?
実は昔、ここに西横堀川が流れ込んでいたのです。高速を作るときに、建物の上に作るのは制約が多いため、できるだけ川の上の空間を活用するのが近道。なので、西横堀川の上に阪神高速を通しました。
東横堀川は今も残っていますが、西横堀川は埋め立てられたので今は石碑のみ。
フェスティバルホール
フェスティバルホールの赤絨毯。
大阪ビルヂング(通称ダイビル)
大正14年(1925年)に建てられ、平成25年(2013年)に建て替えられたましたが、中央玄関の半円アーチの上の「鷲と少女の像」は今も残されています。
ダイビルサロン”1923”
ダイビルの中には「ダイビルサロン”1923”」というスペースが一階にあり、自由に入ることができます。部屋の中には、ダイビルだけでなく、中之島の歴史を知ることができるタッチスクリーン式のアーカイブが置かれているので、中之島の歴史に興味があるなら、是非のぞいてみてください。
PARIS-h(パリ・アッシュ)
おしゃれなパン屋さん。入り口はビルの外にあるのでご注意!
大阪市立科学館
昔、四ツ橋にあった大阪市立電気科学館が装いも新たに1989年に建てられた。2011年にリニューアルされたプラネタリウムは有名。
国立国際美術館
下記の展示物は、無料で鑑賞が可能。
ジョアン・ミロの陶壁画 と アレクサンダー・コールダーの「ロンドン」
ヘンリー・ムーア「ナイフ・エッジ」
無造作に置かれており、触ることも可能です!
大同生命保険株式会社 「あさが来た」
NHKの朝ドラ「あさが来た」のヒロイン広岡浅子は、三井家から豪商の加島屋に嫁ぎ、初めて自分の居場所を見つけ、波乱万丈の人生をスタートします。
加島屋の再建を手始めとして、石炭業に進出、日本女子大学校の設立に奔走し、大同生命保険株式会社を創業します。
大同生命保険株式会社の中に、「広岡浅子」に関する展示があり、見学することができます。
後書き
昔は、どうしようもない湿地帯中之島一帯ですが、商業の中心として栄えていった痕跡が今もいたるところに残っています。
皆さんも散策してみては?